【創作小説】こんとんのはな【第10話】
「初めは少しでも早く学校に慣れたいと思って入った生徒会だけど、まさかここまで忙しいとは思わなかったな」
校門をくぐりながら、洋は伸びをして小さな愚痴をこぼす。
だけどその笑顔にはどこか充実も感じられた。
「錨くんの前の学校では先生が中心になって運営とかも仕切ってたの?」
「うん、そんな感じ。夏休み明けには文化祭だけど、その準備も俺らがするんだよね?」
「夏休み明け……どころか、夏休みに泊まりがけで準備があるよ。去年もそうだったから」
「うわ、本当に?」
そう言いながら洋は笑った。
「でも楽しそう」
洋の言葉に花寿美も頷いた。
花寿美の顔をジッとと見つめて洋は笑った。
「……そういやこうして日下さんと二人っきりって初めてだね」
あともう少しで『花一堂』まで着く頃に洋が呟くように言った。
気付けば日が落ち始めている。
洋にそう言われて花寿美も気付いた。
洋が二年生からの転入生だったとはいえ、生徒会で一緒に活動していたのにこうして二人になる機会は今まで無かった。
たわいもない話で、学校のことや共通の友人やこれからある文化祭の話。
これが『普通の人間』の高校生活の話。
今はそれだけでほんの少しの間、気が紛れる。
「送ってくれてありがとう錨くん、私もたくさん話せて楽しかった」
素直な気持ちでお礼を言えた。
日常的にこんな風に『相手』に言えることは理想的だ。
こんな風に…。
花寿美は『相手』が違うだけでこんな風に言えるのにと目を伏せた。
「…………日下さん」
「ん?」
「せっかくだからもう少し一緒に話がしたいんだけど、駄目かな?」
ちょっぴり遠慮がちに笑う洋に花寿美はどうしようかと悩んだ。
確かに滅多になかった機会なのだからもう少し話すぐらい構わないと思い、頷いた。
この前、宗鱗が訪れた時に持ってきてくれた手土産のお菓子がまだ残っているはずだと花寿美は考えながら歩を進める。
だけど閉まっているお店の戸と休業の旨が記されている札を見て、槐が出掛けていることを花寿美はようやく思い出した。
槐がいないなら、家に招くのはまた機会にしてもらおうと洋に断ろうとした。
しかしふと、お店の中を見た。
ガラス窓越しのお店の中は電気が着いていなくて暗い。
商品には軽くカバーを掛けられているから、色彩もいつもの賑やかさが半減。
その様子に少しだけ思いとどまった。
『お嬢』
もし、いつか槐がいなくなればきっとこんな光景が当たり前になる。
それはいつか慣れていかないといけない光景。
「……日下さん?」
「……うぅん、何でもない」
花寿美は裏口から洋を入れた。
「日下さん、この前の伯父さん……だっけ?……今日はいないの?」
「うん、用事あるみたいで」
客間に通して、洋にお茶を出す。
しかし槐も朝から出掛けていったようだから、直に帰ってくるだろうと思った。
自宅にいるせいか、気が緩んだ花寿美は堪えていた欠伸をした。
洋はハッと気づいて慌てた。
「あ、ごめん!!日下さん、疲れてるのに!!そのために早めに帰ってきたのに」
「……うぅん、大丈夫」
悪夢をよく見る花寿美にとって、ひどい寝不足じゃなくとも欠伸はちょっとした慢性的なものになっている。
表情筋が弱い上に欠伸が多くては、一緒にいる人に不快な気持ちさせないかと少しだけ焦る。
誰かといるのは嫌いじゃないが、色々と気を付けないといけないことが多くて疲れてしまう。
洋と話すことは楽しかった。
嘘じゃない。
だけどあの力の無い笑顔を思い出す。
「このお茶飲んだらすぐに帰るから!!」
洋も花寿美に気を遣うようにそう言う。
疲れが溜まっているのは事実だけど、先ほどまで平気だった睡魔が急激に襲ってきている。
洋が帰ったら自分の部屋に戻り、すぐさまベッドに体を沈めよう。
そう考えた。
でも瞼の裏に浮かんだのは青藍の生地と淡い白、そして包まれるのは優しい匂い。
槐の帰りを待つ。
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