【創作小説】こんとんのはな【第6話】
制服から部屋着に着替えて居間へと降りると、人工密度が高くなっていた。
「花寿美さん、お邪魔してるよ?」
「え……宗鱗さん。今朝も来てたのに、どうかしましたか?」
「う〜ん、朝の内に話が終わらなくてね……」
槐は一応三人分の用意をしているが、少しだけ迷惑そうに眉を顰(ひそ)めている。
「宗鱗さん、今朝も言いましたけど俺は行きませんよ」
「そう何度も残念なことを言わないでくれ。ちょっとだけでも駄目かい?」
何の話かと聞くと、今度あるという神様の間で大規模な宴の説明を受けた。
「数年に一度、世界各国から色んな神様が集まるんだよ。人間でいうオリンピックみたいな感じかな」
「……競うわけじゃないなら、多分違うと思いますが」
「今回は日本に集まって行われるんだけど、その分神様以外のモノも混じってきやすいんだよね」
「……神様以外?」
「妖怪や……西洋でいうなら悪魔とかもかな?」
「やっぱり危ないんですか?」
「まぁ普段から色んな悪魔が世界各国に潜んでいるんだけど、何せ神が手薄になる時だからね……いつもよりはしゃいじゃう子がいるかもしれないから早めに手を打って用心しておこうと思って」
「……祭りのついでにはしゃぐというのは確かにそこはオリンピックみたいですね。……それが一体、何で槐に?」
「槐には警護として、そういった悪魔達が侵入してこれないように働いてくれないだろうかとお願いに来たんだ」
槐は宗鱗に向かって杓文字(しゃもじ)で振って喚いた。
「だぁ〜かぁ〜ら〜!!嫌っすよ!!何でそんな面倒なことを俺がしなくちゃいけないんすか!!大体、そもそも俺はその宴に呼ばれちゃいねぇのに!!」
「呼ばれていない中で……更に妖怪・悪魔達を追い払うだけの力がある者ってなかなかいないだろう?頼むよ、君しかいないと僕は思っている」
「お断りです!!俺は店番しなくちゃいけませんから」
席に着いた花寿美は装ったご飯を受け取った宗鱗に聞いた。
「……槐ってそんなに凄いんですか?」
「あぁ、その力は獏一族でも歴代上位……五本の指には入るよ。力があるだけなら他にもたくさんいるが、槐は持て余すことなく制御できるだけの器もちゃんとある」
お茶まで用意し終え、同じく席に着いた槐は溜め息を吐く。
「大袈裟。褒め過ぎです。ともかくその警備とやらは他の奴に頼んでください」
「槐の代わりを頼もうと思ったら、あと何人分の者に頼まないといけないんだ。どうしても駄目か?実力ももちろんだけど、君は悪魔達と相性もいい。ほら、中には夢を使う悪魔とかもいるし」
花寿美は「あ」と声が出た。
「知ってます……インキュバス……でしたっけ?」
「へっ、男型【インキュバス】はごめんっすけど女型【サキュバス】なら相手しても良いっすよ〜」
鼻の下を伸ばしてニヤけ出す槐の耳を花寿美は思いっきり引っぱり、槐は「いたたたたっ!!」と叫んだ。
続いて槐は叫びを続けた。
「というか、人間誰しも『現(うつつ)と夢の狭間』にちゃんと防衛本能が備わってて、悪魔に対する最低限の抵抗力はあります。そんな下級悪魔ぐらいなら、自分がわざわざ出なくても充分スから」
「それでも全くの零(ゼロ)ではないだろう?中には強い力の悪魔もいるかもしれないからこうして頼んでいるんだ」
「ともかく俺は店番ありますから!!お嬢を置いていくとか有り得ないスから!!」
離してもらえた耳を抑えながら槐は宗鱗に向かってもう一度断りの言葉を口にする。
「それに俺なんて神の中では『ならず者』みたいなもんですし」
「………………槐……今回のこの依頼は、君が戻ってくるキッカケにもしてほしいと考えてるんだ」
宗鱗は改めて背筋を伸ばして真っすぐに槐を見据えた。
「君が此処に来てから十年……そろそろ帰ってこないか?」
宗鱗の言葉に花寿美は一瞬だけ体を固くした。
だけど動揺してしまったのを悟られないようにゆっくりと息を吐いて力を抜き、槐の顔を確認した。
その表情は真顔で黙ったままで、感情は読み取れなかった。
その顔はすぐにヘラッとした笑顔に変えた。
「…………いやぁ〜。色々とそういうのも面倒なんで、やっぱりパスで。自分のことは気にしないでください」
誠実を感じさせない笑顔は余計に真意がわからなかった。
宗鱗は本当に残念そうに寂しがる。
「僕だけじゃない。伯修(はくしゅう)も君に帰ってきて欲しがってるぞ?」
「はっ!?はくしゅう〜だぁ!?いや、有り得ないでしょ、アイツが」
「そんなことはない。彼から伝言預かっている」
「は?」
「『俺様のバーターとして呼んでやらないこともないから参加しろ』ってね」
「それ帰ってきて欲しがってないでしょ?喧嘩売ってるだろ!!……大体バーターなのは獏【おれ】じゃなくてむしろ白澤【アイツ】の方だっつーの!!」
「駄目かい?」
「行きません!!この話しは終わり!!」
槐の言葉を機に本当に話は終わり、食事が始まった。