小説
◇◇◇◇ 桜も散り切って、青く繁々となった学校の帰り道。 「フミノリくん」 後ろから声をかけられたとき、正直な話、ビビってしまって背筋を伸ばした。 振り返ると、控えめにフフッと笑っている九姫がいた。 「ツムギ……」 「久しぶり」 久しぶりも久しぶりだっ…
◇◇◇◇ 僕が進学した高校では学年の三分の一が同じ小学校、中学校の人間だった。 とても近くて成績も程々だから、皆そこへ進学したのだ。 スゴく頭のいい進学校か私立へ通う人間は、引っ越したり、2時間掛けて通学している。 田舎ではないといいつつ、進学先の…
『あそこの家の子には近付いちゃダメよ』 小学6年生の時に母親にそう言われた。 二十六木 九姫(とどろき つむぎ) 彼女が転校してきたのは隣りのクラスだった。 だけどココは都会から離れた地域で、閉鎖的な町で、田んぼなんて普通の住宅地だから田舎とは言え…
……———— 「へぇ、大変だったんだね」 お茶を啜りながら宗鱗が先日の出来事を花寿美から聞いた。 溜め息を吐いた槐はちゃぶ台を拭いたあと、お茶菓子で貰った煎餅を出した。 「あの野郎……この周辺に雑魚を撒き散らして、俺をこの店から離れさそうとさせたり手…
「そうだね。そんなにその姿でいることが苦痛なら俺が消してあげるよ」 洋が右手に黒い炎を発火させて、人のモノではない強固な褐色の魔物の手に戻す。 洋のその手は槐の胴体めがけて突き上げる。 両手を広げた花寿美が槐の前に立ちはだかった。 「———っおじ…
「……えん——」 花寿美は名前を呼びかけて、しかし途中で止めた。 花寿美の上に跨いでいるのは、腕。 大きな獣の腕。 燃えるような毛皮 いともたやすく裂くであろう爪。 順に視線を上げて、輪郭をなぞっていく。 しなやかな尾と弧を描く象牙。 全てを吸い込む…
花寿美は後ずさり、背中で暖簾を押して、廊下へと出た。 しかしすぐに冷たい微笑みをしている彼は暖簾から現れて、花寿美の目の前へ来て、壁へと押しやった。 「なんで……あなたが槐の姿をしているの?あなたは一体……」 一体、いつ、あれから洋が帰って、どう…
……———— 『……お願い、この子を……花寿美を……』 細くて小さな背中。 見覚えが有る思い出のそれは、花寿美を守ってくれた懐かしくて大好きな祖母の背中だった。 白くて繊細な艶の髪。 子供ながらに祖母は儚い存在に思っていた。 『お願い、花寿美を……』 祖母の頬…
「初めは少しでも早く学校に慣れたいと思って入った生徒会だけど、まさかここまで忙しいとは思わなかったな」 校門をくぐりながら、洋は伸びをして小さな愚痴をこぼす。 だけどその笑顔にはどこか充実も感じられた。 「錨くんの前の学校では先生が中心になっ…
◇◇◇◇ 「日下さん、また欠伸。昨日ちゃんと寝た?」 洋の指摘に、途中の欠伸も無理矢理噛み殺した。 「え〜、また夜更かし!?何!?勉強のしすぎ!?」 「……うぅん、大丈夫」 天音にも心配されてはいけないと、欠伸を誤魔化すように鼻から深く息を吸った。 放課後…
◇◇◇◇◇ 目が覚めて、いつも通りの朝。 「お嬢……今日『花一堂』をちょっと臨時休業にしたいんですが、宜しいですか?」 朝食の準備をする槐が振り返り、花寿美に確認を取った。 本宅に戻り制服に着替えた花寿美は槐の言葉に思い切り眉をひそめた。 「昨夜は力…
◇◇◇◇ 真夜中。 明日も授業があるから早く寝ようと思うのに、花寿美はベッドの上で膝を抱えて頭を空っぽにする。 実際に空っぽになっているわけではないが『無駄な時間』だと感じるような後にも残らないような思考内容である。 同じことを何度も繰り返してい…
制服から部屋着に着替えて居間へと降りると、人工密度が高くなっていた。 「花寿美さん、お邪魔してるよ?」 「え……宗鱗さん。今朝も来てたのに、どうかしましたか?」 「う〜ん、朝の内に話が終わらなくてね……」 槐は一応三人分の用意をしているが、少しだ…
着替えて居間へと降りると、人工密度が高くなっていた。 「花寿美さん、お邪魔してるよ?」 「え……宗鱗さん。今朝も来てたのに、どうかしましたか?」 「う〜ん、朝の内に話が終わらなくてね……」 槐は一応三人分の用意をしているが、少しだけ迷惑そうに眉を…
◇◇◇◇◇ 「あ、お嬢!!おかえりなさ〜い!!」 家に帰ると槐があの人懐っこい笑顔で出迎えた。 「…………お店は?」 花寿美は食卓に既に並んでいる食事を眺めながら聞いた。 「すみません、お店はちょっと早めに閉めちゃいました。夕飯作りましたよ〜。もう喰います…
◇◇◇◇ 「日下さんの家はお店をしていたんだね。初めて知った」 生徒会室には役員の三人しかおらず、いつも学校と比べて静けさが増している。 そんな中、コピーを取りながら洋は花寿美に言ったが、先に答えたのは天音だった。 「そっか、錨(いかり)くんはこの…
◇◇◇◇◇ 『花一堂』と大きく書かれた木の看板をガラスの引戸の上に掲げている。 店内ではあらゆるお香の商品が並んでおり、客と店員は商品が入っているガラスケースを挟んでやりとりをしていた。 「夢……ですか」 店員である槐は客の話に相づちを打ち、客の女性…
夢を見る。 うたかたの刻。 燃えるような毛皮 いともたやすく裂くであろう爪。 しなやかな尾と 見透かす瞳。 そして吸い込む…… …… 全ては残らない。 だから、うたかたの刻。 そんな夢を見て目が覚め、その夢の全てを思い出せないのに、花寿美(かすみ)の目に…
◇◇◇◇ それは 踊らされている ピエロのよう それは空腹を 満たさない食事をする ママゴトのよう それでも神様は 悪戯をやめない それでも 私は彼を 気にしてやまない それでも 俺は彼女を 離してやれない 窓越しのキスは続く ◇◇◇◇ 「羽鳥(ハトリ)さん、あった?…