【創作小説】こんとんのはな【第12話】
花寿美は後ずさり、背中で暖簾を押して、廊下へと出た。
しかしすぐに冷たい微笑みをしている彼は暖簾から現れて、花寿美の目の前へ来て、壁へと押しやった。
「なんで……あなたが槐の姿をしているの?あなたは一体……」
一体、いつ、あれから洋が帰って、どうやって自分の部屋に行って眠ったのか。
記憶が抜けていたことに今更気付く。
「大丈夫……俺は比較的紳士だからさ。無理矢理って好きじゃないんだよね」
「……何の話?」
未だに槐の姿のまま洋はその腕で花寿美を囲った。
「俺はね、夢の中で人と愛し合うことで命を繋げる種族なんだ。素敵でしょ?」
花寿美は眉間に皺を寄せた。
「………………まさか、インキュバス」
「へぇ、知ってるんだ?」
「なんで……錨くんが……悪魔……」
「悪魔と言っても別に人間を直接的に怪我をさせる訳じゃないよ?少し借りるだけ。なんだったら君に幸せを与えられる。その上、俺の望みも叶う。お互いのメリットしかないよ?」
「何を言ってるの?そう言って、人の精気も吸い取るのが魂胆でしょ?」
もう一度相手を突き飛ばそうとしたが、手首を掴まれて阻止された。
「……っ離———」
揉めた際にそのまま床に組み敷かれた。
背中を床でうちつけ、痛みと衝撃で「うっ」と声がもれた。
「あ、ごめん。痛くなかった?」
笑みを浮かべながら心にもない心配をされて、花寿美は必死に抵抗するが相手は片手で花寿美の両手首を押さえている。
相手の空いている片手が花寿美のシャツのボタンを外していく。
「あ……やだ……」
顔がこわばった。
体を捻って手から逃れようとするが、手は止まることなく進む。
花寿美は必死に首を捻ってお店の玄関先を見つめた。
「……『彼』の助けはあてにしない方が良いんじゃないかな?」
「え……」
「此処は現実世界じゃあないんだから」
亜空間かどこかなのかと花寿美は必死に思考を巡らせ考えるが、それなら逃げる手立てが思い付かない。
「しょうがないな……じゃあまぁ、最悪俺のことは何とも思わなくてもいいや。それでも君の悪いようには絶対しないからさ」
「何言ってるの……」
「知ってる?インキュバスの俺は、相手の望む姿で現れることができるんだ」
逆光の陰影を作る顔が花寿美に笑顔を落とす。
「これがどういう意味かわかる?」
「……」
「こんな陳腐な聞き方をしなくてもわかるか」
「何を言って……」
「君はこの男に抱いてほしいんでしょ?」
花久美は目を見開いた。
馬鹿なと言おうとしたが、口を開くと乾いていて、すぐに声が出なかった。
「……君の好きな声、好きな指、好きな目……たとえ偽物とわかっていても、拒める?」
槐の姿で、槐の声で、花寿美を覆った。
「お嬢」
傍にいてほしいだけなのに。
息が苦しい。
夢なら覚めてほしい。
でもいつもの日常に戻れば、いつか帰るであろう彼。
いつかは離れるだろう彼しかいない。
現実の彼はずっと傍にはいれない。
その手が花寿美の肌をかすめた時、目を閉じた。
瞼の圧で、涙がこぼれた。
「お嬢に触るな」
聞いたことないような低い声。
花寿美が目を開けたら、目の前で風が切って、前髪をかすめた。
花寿美に乗っていた洋が殴り飛ばされ、消えていた。
もうひとつの気配が増えたことに花寿美はその気配の正体を探した。
「早く失せろ、クソ悪魔」
仰向けの花寿美を庇うように、影を落ちる。
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