駿心の小説置き場あれこれ

創作した物語を綴ったり、好きな作品を呟いたり(未定)

【創作小説】こんとんのはな【第11話】

 

……————




『……お願い、この子を……花寿美を……』



細くて小さな背中。

 

見覚えが有る思い出のそれは、花寿美を守ってくれた懐かしくて大好きな祖母の背中だった。

 

白くて繊細な艶の髪。

 

子供ながらに祖母は儚い存在に思っていた。




『お願い、花寿美を……』




祖母の頬に涙が流れた。

 

そこで花寿美はふと目を開けた。

 

自分の部屋だった。


夢だった。

 

よくフィクションで、夢を回想として扱われるが、槐曰く、あくまで夢は記憶の整理に過ぎず、物語で見る完全再現・再生として夢を見るということは有り得ない。

 

槐の存在そのものが非現実的なくせにと思いながら、そう聞いたことを覚えている。

 

しかし記憶の整理というから、全く無い引き出しから出てくることはないはずだ。



花寿美は祖母の夢を反芻させた。

 

いつでも笑顔で優しかった祖母。

 

夢の中の祖母は必死で、涙を流していた。



「……そんなことあったっけ?」



今の季節……日が長くなったとはいえ、外はもう暗くなっている。

 

花寿美は体を起こし、ベッドから降りて自分がまだ制服のままだったことに気付いた。



スカートの皺を気にして鏡の前でクルリと確認した。



「花寿美お嬢さん?」



下の階から声がした。

 

花寿美は着替える前に少しだけ駆け足で階段を降りた。



「槐?」



槐は台所に立っており、花寿美の足音で振り返った。



「なんだ、お嬢さんも帰ってきてたんですね。気付きませんでした」

 

「槐は、今戻ったの?」

 

「えぇ、ちょっと前に」



廊下と部屋を隔てる暖簾開き、槐の顔を見た。



顔を合わさなかったのはたかが半日。

 

毎日のそれと変わらない時間だったのに、ひどく久々に感じた。



花寿美の顔を見た槐は吹き出した。



「ぶはっ!!寝癖がついてますよ!!」

 

「……」



花寿美はどこが跳ねているかもわからないのに、あてもなくとりあえず手で髪を押さえた。

 

洗面台の鏡で確認しようと一歩後ろに下がったら槐が止めた。



「アハハ。お嬢さん、待って待って」

 

「……え」

 

「此処です」

 

花寿美の元へとやってきた槐は前髪をつまみ、その指がサラリと額と撫でた。



「えんじゅ……」



花寿美は槐を見つめた。



「どうかしましたか?」



花寿美は目の奥を見つめて繰り返し瞬きをした。



鍋の蓋がコトコトと音を鳴らす。

 

日常の中なのに、二人の空間だけいつもと違う空気に変わる。



するとその目にいつもと違う真剣味が宿った。



「……そんな顔で見つめないでください」

 

「顔?」

 

「…………俺も一応抑えているんですが」



額に触れていた指はそのまま頬に落ち、指から掌に変わり、花寿美の顔を包んだ。



「……実は自分……色々考えたんです」

 

「……」

 

「自分のこと……そしてお嬢のこと……」

 

「……え」




「もし……もし、これから自分のすることが間違っているというのなら……」




割れ物を扱うように優しく、そして瞳は切なげに花寿美を映す。



「その時はお嬢が止めてください」

 

「貴方……」

 

「自分は……もう」

 

「……え」

 

「自分を誤魔化すことができないそうにないんです」



両手が花寿美の顔を包んで、槐は顔を少しだけ傾けて近付いた。





「貴方は……」





花寿美は触れる前の彼の口を掌で塞いだ。








「貴方は……誰?」







限りなく冷めた目で相手を睨んだ。



「貴方は槐じゃないわ」



花寿美は『槐の姿』をしている者を突き飛ばした。

 

大した威力ではないが、相手は花寿美の押した分だけ後ろへ離れた。

 

相手は顎を引いて片方の口角だけ上げて歯を見せた。



「……何言ってるんですか?俺はいつも傍で貴女をお守りしていた……槐ですよ?お疲れなんですか?」



槐のいつもの笑顔と違い、やけに邪悪に写る笑顔に見えた。



花寿美は手の甲で触れられた頬の部分を拭った。



「……槐が私の許可もなく、触ってくる訳ないじゃない」



一度違和感に気付けば、微妙な表情や言葉遣いの違いや、香りも別物に感じ、姿形は槐と同じなのに、まるで別人にしか見えなくなってきた。

 

 

「……へぇ、君は『彼』には随分と心を許していると思ったのに、随分と厳しい関係だったんだね」

 

「もう一度聞くわ。貴方は、誰?」

 

「それにしてもこんなに早く気付かれるとは思わなかったな……魔力に少しばかり耐性があるのかな?」



花寿美が確信した違和感の綻びから、『槐の姿をしている者』の声色がぶれた。



その声は聞いたことがあった。



そして滑らかに喋るのに、こちらの質問には意外と答えてくれない会話の受け答えの仕方も身に覚えがある。







「……………………錨くん?」





『槐の姿』の彼はニッコリと微笑んだ。




「……君は本当に素敵な人だね、日下さん」

 

 

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